友達の写真家の企画展
僕はまあ、こんなタイトルでブログを書いているんですけど、まったく写真心と言うものはありません。
その分気ままに、適当に、写真をのっけて遊んでいるんですが、僕の友達は本格的に写真をやっている人がいます。
その友達の写真家がこんど、東京で6月6日から6月22日まで4人で写真展を開くそうです。
詳しくはこちらです。
http://www.upfield-gallery.jp/
僕には分からない事も多いのですが、テーマは以下です。
-企画展「Invisible moments」について-
タイトルの意味は見えない時・瞬間、隠された契機・要素、という意味です。
メディアからの映像情報や人々の視覚の欲望によって、我々の傍らに常に存在しているにもかかわらず、阻害、隠蔽された風景があります。見えない風景は、見ようとされない風景、記憶に残らない風景とも言えるかもしれません。
参加写真家の作品は、特定の場所、時間、事物がもっている意味性や固有性から自由であろうとして、むしろそれらを積極的に排除している写真です。
視覚の欲望が持つ恣意的な部分を排除することで、風景に普遍性を与え純粋に風景が風景として、或る事物が事物として成り立つ要素を写真で提示していきます。
共通するコンセプトと異なった方向性が重なり合うことで、「見える事」と「見えない事」の間にリアリティーのある「風景」が表出する展示にしたいと思います。
近所の方、興味があったら行ってみてください。
その分気ままに、適当に、写真をのっけて遊んでいるんですが、僕の友達は本格的に写真をやっている人がいます。
その友達の写真家がこんど、東京で6月6日から6月22日まで4人で写真展を開くそうです。
詳しくはこちらです。
http://www.upfield-gallery.jp/
僕には分からない事も多いのですが、テーマは以下です。
-企画展「Invisible moments」について-
タイトルの意味は見えない時・瞬間、隠された契機・要素、という意味です。
メディアからの映像情報や人々の視覚の欲望によって、我々の傍らに常に存在しているにもかかわらず、阻害、隠蔽された風景があります。見えない風景は、見ようとされない風景、記憶に残らない風景とも言えるかもしれません。
参加写真家の作品は、特定の場所、時間、事物がもっている意味性や固有性から自由であろうとして、むしろそれらを積極的に排除している写真です。
視覚の欲望が持つ恣意的な部分を排除することで、風景に普遍性を与え純粋に風景が風景として、或る事物が事物として成り立つ要素を写真で提示していきます。
共通するコンセプトと異なった方向性が重なり合うことで、「見える事」と「見えない事」の間にリアリティーのある「風景」が表出する展示にしたいと思います。
近所の方、興味があったら行ってみてください。
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